十五章
遂に、ほとんどの者が望んでいなかった戦端が開かれる…


まずは、緩やかに…






魔争戦記


十五章







「ようやく御到着か」

高台に急遽作られた物見櫓に、祐一はすずを伴い戦場を双眼鏡で眺めていた。

「予定より四時間程、早いと思いますけど?」

音夢が傍らでそう告げる。

「音夢…いつ来た?まぁいいが、父上の軍団との接触はどのくらいだ?」

祐一はさして驚いた様子もなく、時間を聞く。

「今の様子ですと、あと三時間程かと思います」

「周辺の状況は?」

「情報部の報告では、半径五キロ以内に敵影は確認されていません」

「そうか」

「なにか思う所でも?」

音夢が祐一にそう聞くと……

「いや、静かすぎるな」

「たしかに、あの秋子ならばなにか仕掛けていても不思議ではないですね」

「ふむ、兵二百名を用意しそれを四つに分け、全周囲に派遣しろ」

「内容は敵兵の探索で、よろしいですか?」

「ついでに父上の耳にも入れておけよ?それと砲塔に連絡し、いつでも撃てるようにしておけと伝達しておけ」

「了解しました」

音夢は敬礼した後、指令を伝える為に物見櫓を後にした。

「すず…君はこれをどう見る?」

「……伏兵の策と思われます」

「やはり、そう思うか…」

祐一の見方は当たっていた。







それから半刻―─
祐一の命を受けた偵察部隊二百が、他方に散ると程なく報告が挙がる。


「――東北の方角に隠者部隊有、応援を求む――」


祐一は報告を聞いた後、すぐさま純一に命じ騎馬隊五百を向かわせた。
純一はすぐさま部隊を率いて、東北の偵察部隊がいる場所に向かった、そこで祐一は一計を用意した。
祐一の一計は純一が戦っている時に発動することとなる。
その一計とは伏兵の更なる伏兵……
応援に向かった純一率いる騎馬隊が到着した時、そこは戦場であった。三方を華音帝国兵に取り囲まれ、後背を絶壁で阻まれた場所に我が偵察部隊の姿があった。


「……あの森が怪しいな」

純一は、それほど離れていない場所にある小さな森に疑惑を抱いた。

「怜葉……兵二百を任せる、あの森を偵察し敵伏兵を発見次第、即時殲滅させよ。必要ならば森も焼いてしまえ」

「御意」

怜葉と言われた男は兵を引き連れ、森に向かって走り出した。

「残りは俺と共に偵察部隊の救出に向かう」

「「「「御意」」」」

四名の部隊長は純一の命令に従い敬礼した後、自分達の部隊へと戻っていった。

「行くぞ!朱李……突撃───!!」

純一は剣を抜き、馬を走らせる。それに従うは兵三百……祐一はこの作戦を上策とし、褒めた後に一言言った。

『その現状では上策、但し詰めが甘い』

祐一の言葉は正しかった。
三方を取り囲んでいた華音兵は純一達援軍が到着したのを知ると、すぐさま七割の兵をエタニア援軍部隊に向けてきたのだ。
三百対四百五十
数の上では勝利は揺るぎなかった。





一方、純一に兵二百を任された怜葉は……

「隊長、前方で反射が!」

「なに!」

脇に控えていた兵士がそう報告してきて、それを確認した怜葉は……

「森を焼き払え!」

「しかし、森は我がエタニアに取って……」

「森の中では騎馬隊の能力を発揮できん、このままでは無駄な消耗をしてしまう」

「わかりました」

「全部隊、止まれ───!!」

怜葉の言葉を聞いた騎馬隊はすぐさま馬の手綱を引き、馬を止め停止する。

「構え!」

兵士達は背負っていた弓を構え、特殊な塗料を塗った矢を構える。

「放てぇ!!」

怜葉の指示に従い一斉に弓矢が森に向かっていく。
弓矢は飛んでいる最中に、突如矢じりが燃え始める。
先ほどの特殊な塗料である。
飛んでいる最中に騎馬隊付の魔術師の詠唱によって発火したのだ。
森に吸い込まれるように入っていった矢は火災を引き起こす。

「構え!!」

怜葉の言葉に従い、今度は通常の矢を構える騎馬隊兵士達。
火に煽られ、潜んでいた華音兵達がワラワラと森から這い出てくる。

「撃て!!」

一斉に放たれた矢は、森から出てきた華音兵の命を奪う。

「全滅させるまで撃ち続けろ!」

その言葉に従い、矢を放ち続ける。
華音兵は騎馬隊に近づくこともできぬまま、その命を落とした。
ある者は騎馬隊の矢で貫かれ
またある者は火災の火によって焼け死に……




さて、再び純一達の方を見てみよう。


騎馬隊の本質、機動力をフルに発揮した騎馬隊の前に多少の兵力差など左程の意味をなさなかった。
数多な方向から撹乱され、統率を徐々に失いつつあった華音兵達を騎馬隊が狩る。
数の差を無くし、まさにあと少しと言う所で恐ろしいものが姿を現した。
突如、華音兵さえも巻き込んだ砲撃があったのだ。

「散れ!」

純一はすぐさまその砲撃の原因がわかり、大声で命令を出す。

「散れ──!!」

「散るんだ!!」

「散れ!!」

純一の命令を騎馬兵達が繰り返し叫ぶ。


砲撃の正体は………戦艦であった。
雲の中より姿を現したそれは……巨大な空中戦艦であった。
無数に砲台を構えるそれは、華音帝国の粋を結集して作られた戦艦である。
全長は百メートル程あり、中核に設置されたクリスタルがあり魔術師が魔力を加え、それを増幅させ推進剤とする。
少数の魔術師でも単独で長時間行動可能とした巨大空中戦艦である。

「ちっ、厄介な者を……」

「純一様!」

「わかっている!偵察部隊の連中を回収後、撤退する」

「了解!」

すぐさま騎馬隊は偵察兵を馬に乗せ走り始める。
それを見た華音兵は安堵し喜びの雄たけびを上げる。
だが……

『弱者は華音に必要ありません』

拡張機で増幅されたその声は華音兵を恐怖のどん底へと落とした。
戦艦の砲台は彼らに狙いを定め、躊躇なく吹き飛ばした。

「なんてことを!」

後ろ眼でソレを見ていた純一は憤りを感じたがすぐさま、冷静さを取り戻した。
空中戦艦は味方を吹き飛ばしたのを確認すると今度は騎馬隊に標準を定めた。

「ちっ各個散開して下がれ!」

純一はすぐさま号令を飛ばし、兵も皆バラバラに避け始める。
だが、無数に乱射されるその砲撃を受け、騎馬隊に徐々に被害が出始める。

「くそ……」






空中戦艦【彩咲】艦橋

「はっはっは!これがあのエタニア騎馬隊か!恐れるに足らないほど脆いではないか!」

司令席で大声を上げながら笑っている者こそ、華音に僅か数隻しかない巨大戦艦の艦長である。

「まったく、その通りでございます」

「我ら最強の華音空中戦艦に掛かれば、エタニアと言えどこんなものよ!」

「「「「はっはっはっは」」」」

艦橋に、高笑いが響き渡る。
だが……

「前方に無数の生物反応!!」

索敵兵の報告が高揚感を打ち消した。

「なんだと!どこだ!」

「我が艦前方二百上空です!」

「なに!!」

司令は上空を見上げる。
突如、空から無数の火の弾が降って来た。

「全速回避!弾幕を張れ!!!」

「了解!全速前進」

「了解」

「上部砲台、各個の判断で撃ちまくれ!」

『了解』

連絡管から返事が返ってくる。
すぐに上部に設置された砲台が火を噴き始め、降り注ぐ火の弾を撃ち落とす。

「あれは!!」

艦橋にいた者のだれかが声をあげる。

「な!?」

司令や兵士達が見たもの……それは










「竜が来たか」

「はい、我がエタニアの紋章を確認しました。あの竜は我がエタニアの魔竜兵団です」

「秘蔵兵団をよくもまぁ……」


報告を聞いていた純一は、この騒ぎの裏の人物を思い苦笑いを浮かべた。
安堵し余裕が生まれたエタニア軍と打って変わり、華音軍は混乱の真っ只中に落されていた。

「なんだと!なぜここに竜がいる!!」

司令は金きり声を上げ、兵達にあたる。

「竜の腹部に紋章を確認!エタニアの紋章です!!」

「噂の竜部隊か!対空中戦闘用意しろ、全砲門掃射」

現れた竜はワイバーンと呼ばれ、主に魔界で生活する竜であるがエタニアにも生息している。
そのワイバーンとエタニアは契約を結び、竜騎兵と呼ばれる兵士が搭乗し絶大な力を持っている。

「いいか!敵は華音が作った空中戦艦だ!絶対に落とさねばならん、我らの力を思い知らせてやれ!!」

「「「「「「「「「おぉぉぉーーー!!!」」」」」」」」」」

魔竜兵団の兵士達はワイバーンを巧みに操り、戦艦の砲撃を避け接近し木箱を落としていく。
戦艦に落とされたその木箱は、戦艦の装甲に当たり砕けると爆発を起こした。
現在で言う爆弾である。
ワイバーンはその口から火の弾を吐き出し、竜騎兵は木箱を落とす。
徐々に砲台を破壊され、船体を破壊される。
戦艦も反撃しているが、効果は上がってほとんどあがっていない。
戦艦が沈むのも時間の問題であった。




それから半刻後、空中戦艦は抵抗虚しく爆参した。
魔竜兵団の竜騎兵やワイバーンは歓声を上げ、純一たちの元へと舞い降りた。
兵団の隊長がワイバーンから降りて純一たちの所へと歩いてくる。

「大丈夫ですかな?純一殿」

「大丈夫だ、助かったよ」

「いえいえ、こちらも暇でしてな。祐一様のお陰で楽しませてもらいましたよ」

「そうか」

「では、我らは空中戦艦の残骸を調べてから戻ります故に」

「了解した、本国で会おう」

「勿論です」




祐一たちが根回しした結果、大きな混乱もなく倉田兵団とガルシャウラ軍団と接触し、倉田誠也と相沢雄二は確りと握手をしここに華音倉田兵団は消滅し、エタニアの倉田兵団が誕生した瞬間であった。
お互いの兵士たちは剣を抜き、天に向け掲げ雄たけびを上げる…その瞬間を喜ぶように。








「これで幕は開いた……さぁ次は俺達の番だな」

その様子を伺っていた祐一は、静かにそう呟いた。








つづく