九章
予感は必ずしもはずれたり当たりもしない。

その予感が、良きことであれ……悪いことであれ……




魔争戦記


九章








まずは、亡命者たちの様子から見てみよう。
亡命者の集団は華音王国首都から脱出した後、目立たぬように街道を避け密かにかつ最短コースを迅速に移動していた。
だが、馬もなく更に約三千名の一般市民である移動速度は……遅かった。

「姉さん」

一弥が静かに佐祐理の傍につき声をかけた。

「どうした?一弥」

すぐに佐祐理は反応し、顔を向ける。

「どうも見張られていたみたい」

「え?それは本当?」

一弥の言葉に、佐祐理は驚きの声を小さいながら上げる。

「うん、見張りのために後方に待機させていた人が、こちらに向かって追撃してくる騎士団を目撃したそうだよ」

「規模はどのくらいなの?」

「数百ほどと」

「指揮しているものはわからない?」

「そこまでは……」

一弥も申し訳なさそうに首を振る。

「……少し急がせたほうがいいわね、お母様?」

「話は聞いているわよ、イスト隊長」

「は、ここに」

イスト隊長と呼ばれたのは、大柄の騎士である。
灰色の髪と頬の傷が印象的で倉田 誠也が信頼している部下の一人でもある。

「後方より追撃の手が追って来ています、移動速度を上げたいと思いますが」

「ふむ……エタニア領まであと40キロほど……静香様、こちらが急いだとて三時間が限度と思われます」

「構いません、最後の最後まで足掻いてみせます」

「御意」

イストは敬礼したあと、亡命者たちを纏めている者達に事情を説明し移動速度を上げさせた。
とは言っても、休憩時間を減らしたり少し小走りに……程度ではあるが……
説明したあと、イストは部下を数名連れ後方へと下がった。

「(………賭けですね、しかも相当分の悪い)」

静香はそう思いつつも表には出さずジッと前を向いていた。









その頃、祐一たちは目標地点を通り過ぎていた。

「祐一様!目標地点を通り過ぎています!」

傍にやってきた老練な騎士がそう祐一に進言してきた。

「わかっている、だがなにか悪い予感がする……迎えにいくのもまた礼儀のうちだ!」

冷静にかつ淡々とそう告げる。
老練な騎士は、それ以上告げず祐一に付き従った。

「(なんだこの感じは……佐祐理たちに危機が迫ってるとでもいうのか……思い違いであって欲しいが)」

そう思いつつも手綱に力を込め、祐一は更に更に馬のスピードを上げた。
後ろに従うメンバーも、なんとかついていけるのがやっとであった。
それほどまでに、祐一の馬操術はずば抜けている。







「静香さま!敵が迫ってきます!!」

やはり、間に合いませんでしたか……

「後方の民に急ぐようにいってください、邪魔なら荷物を捨ててでも……っと」

「了解しました  おい!!行くぞ!」

兵が静香に対し敬礼するとすぐに回りにいた兵、護衛する兵数名を残し全て連れて後方へと向かって走り始めた。

「目的の場所まであと8キロ……」










「姉さん!」

「わかってます」

一弥が姉に向かって声をかけるとすぐに佐祐理は答え二人ともUターンして後方へと向かって走り始めた
静香はそれを見ていたがあえて止めなかった

「(佐祐理・・・・一弥・・・・無理しないで・・・ちゃんと生きて戻って)」












後方は地獄と化していた……
追いつかれた亡命者たちは追いついた華音兵士によって次々と殺されていた。
後方へ辿り着いた倉田兵団の兵たちはその光景を見て怒り・悲しみ……それをチカラとし華音兵に向かっていった。

ある者は敵を刺し殺し

ある者は敵を突き殺し

ある者は敵に刺し殺され

ある者は敵に突き殺され

至る所で、戦いが始まった。
倉田兵団が駆けつけたことにより、民の被害は少なくなったが幾人かは未だに危険に晒されていた。
民は静香の言葉を信じ、そして生き残るために急ぎ動けないものには手をかし、前へ前へと走り始める。
邪魔な荷物は全て捨てて……

一弥と佐祐理が到着したとき民の被害は死者二十九名 重傷者八十七名 軽傷者百九十四名

倉田兵団の死者三名 軽傷者八名 

華音追撃殲滅部隊の死者二十三名 軽傷者五名

一弥はすぐに剣を抜き駆け始め、佐祐理はすぐさま援護の魔法を掛け始めた。

「世界に存在するマナよ……我の意思に反応し、その存在を現し我らにそのチカラを貸し与え賜え……我の名は倉田 佐祐理……さぁ発動せよ……戦士たちに無限の闘志を【戦鼓の舞】!!」

佐祐理の周りに見えていた光の粒子はその言葉と共にその傍を離れ戦っている兵士たちの下へと纏わりついた。
戦鼓の舞───使用者の魔力を使い、味方の闘志を最大限まで引き上げ、傷を癒す【上級位光魔術】である。

「はぁ───! 狼牙斬!!」

一弥が敵兵の一人に向かい斬撃を放つ、敵兵はそれを防ぐために剣を横に構え振り払った。
しかし、斬撃は囮なのだ。
一弥は斬撃をやめ敵兵の剣に合わせるように横に振り払う。
敵兵はすぐに離れた。
だが、

「ごふっ・・・」

血を吐き出し倒れた。
良く見ると兵士は横一筋に斬られていた。
一弥の剣を避けたのにもかかわらずだ……
そこが狼牙斬の恐ろしい所である。
狼牙斬は最初に囮の斬撃を放ち敵の対処を見極め、それに合わせるように攻撃の方法を変える。
剣に己の魔力を込めながら……
魔力を込められた剣は、通常の刃より数段の間合いを持ち例え避けても斬られる。
この剣技は祐一から一弥へと伝授された技の一つである。
敵兵を倒した一弥は剣を振り、血を払うとすぐさま次の敵兵に向かっていった。








だが、どんなに一弥の剣技が強かろうと……
例え佐祐理の魔法がどれだけ強力であろうと……
圧倒的数の不利を覆せないでいた。



倉田兵三十名

それに対し

華音兵二百五十一名

徐々に追い込まれていく。
敵兵の一人が佐祐理に剣を構え、殺そうと向かっていく。
直前に気づいた一弥。

「姉さん!危ない!!!」

その言葉で向かってくる敵兵に気づいた佐祐理だったが、避けようと走りだそうとしたとき死亡した兵士に足を取られ倒れた。

「(!!)」

「死ね!!!」

佐祐理に向かって剣が振り下ろされる。

「(一弥……お母様……お父様……祐一さん!!)」

佐祐理は目を閉じ、斬られる衝撃を考え大切な人たちを思い出していた。

「?」

いつまでも来ない衝撃に不思議に思った佐祐理は目を開けた。

「!!」

自分に襲い掛かってきた兵士が槍に突かれていた。

「この槍は……エタニアの!!祐一さん!!」

この槍が飛んできたであろう先を見た佐祐理は、想い人である祐一の姿を見つけ安堵した。

















続く