00. 序章、或いは悪夢の始まり
途中で没にした話を加筆修正したものです。原型を留めていませんが一応kanonです。








 月明かりの下、俺は窓の無い建物を見上げながら立ち尽くしていた。
 いとこの手紙に同封されていた手書きの地図を縦横から睨み付けて解読しようとしたものの、全て無駄な努力に終わっていた。
 真剣に描いたのかもしれないけれどファンシーな建物はどこにも無かったし、走り書きで説明されても判読に困る。
 今日の一七時にこの辺りで落ち合う約束のはずだったが、誰も迎えに来なかった。
 場所を間違えたのだと思い、小一時間ほど街をうろついたのが裏目に出てしまった。
 おかげで完全に道に迷ってしまった。メインストリートが一つあるだけの小さな街だと思ったのがそもそもの間違いなのだろう。
 一夜の宿を求めて、使えない地図と彷徨ったけれど、疲労が蓄積されただけ状況は悪化の一途を辿っている。
 ペンライトの電池はLEDを灯すことも出来ないほどへたっているし、何より夜の街は危険だ。
 意を決して扉を叩いていた。




世界の果てに -struggle community-

[ 00. 序章、或いは悪夢の始まり ]



「いったいぜんたい、どうなってるんだ!」

 俺は階段を一段飛ばしに駆け上りながら、こみ上げる怒りと恐怖で叫んでいた。
 狭い通路を埋め尽くす奇妙な集団。人の群れ。
 アシッドを極めたのか、死んだ魚のような目をした人々が一夜を過そうと訪れた俺を追い回してきた。
 そして目に付いた部屋に駆け込む。
 埃が鼻についたが、気にする余裕はなかった。
 家具を手当たり次第引きずって内開きの扉の前に積み上げる。ソファー、椅子、テレビなど色々……。
 ねずみがでようがゴキブリが這い回ろうが関係ない。
 割れたガラス窓から月明かりが差し込み、壁に描かれた文字が浮かび上がる。

『GHoS、An…ghOsT?APaRTmENT! FxCk yoX!!』

 くだらない言葉だ。インクが流れ落ちて、壁が涙しているようである。
 そう思ったのも束の間、痛みを感じる程鼓動する心臓に鞭打ち、窓際に駆け寄った。
 窓の向こうには枯れた植物の鉢植が手すりに沿って並べられていた。
 観音開きの窓サッシは取っ手が錆付いており、なかなか開かない。
 手段に構っている暇はなかったので、とにかく道具を探そうと後ろを振り返ると、ソファーにモップが立てかけられていた。
 竹製の柄はささくれだち、一部が裂けている。
 思いっきり振りかぶると、柄がギリギリと反り返って軋む。そして窓へ叩きつけた。
 モップが先端が窓枠に当たり、ガラスを突き破った。うまい具合に鍵が外れて窓が大きな音を立てて一気に開く。
 すぐにベランダへ降りて、手すりから地面を眺めた。
 アパートの下に建てられた死体安置所への入り口が見える。
 正方形に掘り下げられ、周囲の建物には点々と無機質な照明が灯っている。
 失望感が頭を過ぎる。無性に腹が立ち、手すりを殴りつけた。
 拳の痛みを感じる前に、扉が激しく叩かれる。
 一番上に積んだベッドライトが床に落ちて、転がった。
 振り返り震える手で、腰のホルスターに入れた銃を取り出す。扉に照準を向けた。
 俺に残された選択肢は三つ。

「戦う。それとも銃口を咥えて引き金を引く。最後に、ここから身を投げる」

 口に出してみれば最後の二つが手っ取り早い。



 扉が激しく揺れた。
 体当たりをしているのか、今にも壊れそうな音がする。
 椅子が崩れ徐々にソファーが押され、テレビの角から床へ落ち、ガラスが四散する。
 子供の腕が一本入るくらいの隙間ができて、そこから土気色の指が滑り込む。
 輝きを失った目がこちらを見ている。
 空虚で気持ち悪い瞳だった。
 言葉にならない唸り声を上げて、信じられないほどの力で扉をこじ開ける。
 階段を照らすナトリウムランプが視界に入った。
 扉に使われていた木材が悲鳴を上げる。
 上下が内側へ折れ、その間四隅を補強する留め金が一つずつ弾け飛んでいった。
 全身が震え、その手で構える銃口は扉とずれつつあるソファーを往復するだけで、定まることはなかった。
 くの字に折れ曲がり破壊された扉とともにバリケードが崩れ落ちた。
 ランプが何度も瞬き、人の姿を映し出す。
 生気を失った異様に小さな瞳が部屋中を見渡している。
 ゆっくりと歩を進め、左肩を大きく揺らして歩いている。
 口を開けて何かを言わんとしているが、肺に穴が空いているのかスースーと音を立てているだけだ。
 次々と同じような人が中に入り、部屋を満たしていく。
 武器を持つわけでもなく、餌に追いすがるように手を突き出している。
 さながらゾンビそのものだった。目を疑いたくなったが今、この瞬間が現実だ。
 冗談じゃない。
 撃て、撃て、化け物どもを撃ち殺せ! 必要以上に力を込めたが、弾丸が出てこない。

「シット!」

 毒づき銃のロックを外す。
 そして再び構えなおした。すでに標的は五つに増して横一列に並んで迫ってくる。
 俺は冷静な判断が出来なくなっていた。
 破裂音。めちゃくちゃに引き金を引き、銃弾があてもなく飛び散る。
 鼓膜が破れそうな勢いで打ちこむ間は何故だか安心できた。
 何発かは壁や床を貫く。
 それでも二、三発が当たり、土気色の肌から濁った赤色の液体が噴出した。
 着弾の衝撃で人形のように身体を折り、両手を宙へ投げ出している。
 しかし歩みを止めることはなかった。
 後ろを振り向き、箱状の空間を一瞥する。
 交換のため弾倉を床を転がし、予備を取り出そうとしたが上手く掴み取ることができない。
 ようやく装填が終わったとき、どこからか奇妙な歌が聞こえてきた。
 鼻歌のように韻を取る女性の声。

――散らかったテーブル、おいたをしたらだめ、腐った料理、綺麗にしましょう……

 その声は確実にこちらへ近づいてくる。
 無残な断片に変わった扉の向こうから、かび臭い匂いと硝煙の香りが入り交じる。
 再度弾倉が空になるまで打ち尽くしてもだれも倒れることはなかった。
 それでも引き金を引いて、弾がもう無いことを知ると銃を投げつけた。青白い禿げ頭に当たる。
 壁の隅に追いやられた俺に無数の手が伸びて、俺を部屋の中へ引きずり倒した。
 組み敷かれ服をはぎ取られ、連中の中で一番の大男が口を開け二股の舌を出して腹の上を這い回った。
 背筋が凍るような感覚に心底嫌悪する。
 大男はへそのあたりを重点的に舐め回し、バックルに手を掛けた。
 これからされることを想像し、ひと思いに殺してくれるよう何度も懇願した。

「やめろ、おい、それだけはやめろ! いっそ殺せ、殺してくれ!」

 そう怒鳴ったが他の男に口を塞がれる。口内を他人の、それも男の舌にかき乱され、凌辱されていく。
 相手の体温が感じられなかった。そして腐臭がした。

――死体は土の中、棺桶を買って、眠りましょう……

 俺の悲鳴を聞きつけたように、その声音が階上に響き渡っていた。
 むせ返るような炸薬の匂いと、小気味よい高速六十四ビートが耳に入る。
 散発的に聞こえ、誰かが階段を転げ落ちていく。悲鳴とも取れる音はドップラー効果により消えていった。
 そのかわり階段を駆け上がる、明らかに人の声が聞こえた。それも女性の声だ。

「――セイッ」

 扉が合った場所に立っていた人が緩慢な動作で階段を見やる。ナトリウムランプが瞬いた。
 ちょうど胸のあたりに横線が走り、突然黒い影が生えた。
 そしてそれがどんなことか理解するのに数秒を要した。
 横線に沿って身体が平行移動していく。腹のあたりに足のようなものが生える。
 引き締まったラインが女性のものだとわかる。同時に美しいと感じる。横線が徐々に短くなり、代わりに女性が姿を現した。
 光が差し込み部屋の中が明るくなる。彼女は生気のない瞳で俺を見下ろした。
 彼女の後ろから十六拍子の炸裂音が鳴り、扉の枠を削り取る。
 彼女は片手で異形の刀剣を弄びながら何者にも侵せない美しさを放ち、残酷な笑みを浮かべた。
 彼女の存在は、たったそれだけ場を支配した。
 これから何が行われるのか、不安とも取れる感覚が増殖する。
 俺を組み敷いていた人々はこぞって彼女に視線を集めた。

「ヒュー……、VILLAgE-HalF-UNdeaD……」

 大男が二股の舌を出して目をを丸くする。

「BitCh! THe aRea IS VIoLated……raT aTTaCks it iF NOT cLEaring oUT……bAck OFF!!」

 大男は敵意をむき出しにしてしゃがれた声で言い放つ。
 俺から体を離し、彼女を警戒して身構えた。

――静寂の夜をこの手に、眠りを忘れたものは床に就け……

 再び『声』が聞こえた。

「彼らはもう死んでるから……壊して、潰してあげてね。舞――」

 彼女の背後から銃を肩から下げた少女が姿を現す。彼女が歌っていたのだ。言葉の続きは歌の続きに他ならない。
 こちらを見て、朗らかに笑った。

「ちょっと目を閉じてくださいね。すぐ済みますから」

 そう言って、クルリと背を向ける。彼女は未だ階段から聞こえる唸り声の元へ向かった。
 彼女が舞と呼んだ少女はしきりに咽を鳴らす人間の許へ走り寄ると、刃先がノコギリ状になった異形の刀剣を振りかざした。
 その姿に目を閉じるなんてことは出来なかった。
 おおよそ切れ味とは無縁な形をした刀剣は、印象に反して抜群の性能を叩き出す。
 一番上にいた者の腕をいとも簡単に切り落とした。
 こいつらには本当に骨があるのか?
 そう問いたくなるほど、美しい断面が姿を現す。
 人間の構造に妙な関心を抱いた直後、赤黒い液体が噴出した。

 血だった。赤い血泉だった。

 心臓が脈打つ度に、鼓動に同期した血流が思い思いの方向へ飛散する。
 斬られた方も、感覚が追いついていないのか、全く気にする素振りが見られない。
 青白かった肌が一層白くなっていく。
 俺の身体におびただしい量の液体が降りかかったが、それが血液であるとは到底考えられなかった。冷たい粘性の液体としか思えなかった。
 指先にこびりついた血液が眼前に持ちあげて凝視するうちに、彼女は俺に多い被さった人間を引き剥がしては切り刻み、抵抗を許さぬまま肉片に変えていく。
 繰り返し、徹底的に、機械的に解体される。
 これを殺人と呼ぶべきなのか、それとも屠殺と呼ぶべきか。
 あまりにも見事な手腕だった。
 時折、階段の方から銃声が聞こえるだけで、それ以外は黙々と進んだ。
 二股の下を持つ大男も首を切断されて、動きを止めた。
 作業に要した時間は三十分強。周囲一面がもはや血液とは呼べない黒い潤滑液に満たされていた。

「生きてる?」

 少女は凄惨な笑みを浮かべて、手を差しのばした。